あるHSS型HSP女性の人生

自分の気質を知らず子供の頃から生きづらかった日々を綴ります。

誰にも言わなかった両親の喧嘩

父と母は仲の良い夫婦だった。
3年前に母が他界した時は、
父親がひどく寂しがって、
私は母を亡くした寂しさに浸る暇も
なかったほどだった。

だけど、
そんな両親にもさまざまな紆余曲折があった。
そして、当人同士以外は、
兄も知らない、私しか見ていない
夫婦喧嘩があった。

幼稚園の頃、父の実家に住んでいたことがある。
父方の祖母は、
孫である私にはとても優しかったが、
嫁に対しては非常に厳しく、
母は語り尽くせない苦労をした。

ある夜、両親が言い争う声で目が覚めた。
あの騒ぎに全く兄が関わっていないことを思うと、
兄だけは別室で寝ていたのだろうか。

父は普段は朗らかな人間だったが、
その時は怖い顔と声で母と争っていた。

やがて、私が目を覚ましたことに気づいた母は
「見なさい、大きな声を出すから
 はづきが目を覚ましたじゃないの」
と涙ながらに言った。

それでも2人の言い争いはおさまらず、
やがて母が
「はづきを連れて出ていきます!」
と言い、私は母が着替えさせるままに
寝巻きから普段着になった。

そして、母が私の手を引こうとした時、
父が素早く私を抱いて、母から引き離した。
母が「やめてよ!」と私を奪い返そうとする。
すると父が私を抱いたまま遠ざける。
父の顔は今まで見たこともない恐ろしい顔で、
私は怖くて泣き出した。
母は「やめて!はづきが死んじゃう!」と
言って泣く。
母の泣き叫ぶ姿が辛くて、
私はますます泣き声をあげた。
でも「けんかしないで」と声をあげることは
出来なかった。
ひたすら直面した恐怖に泣くしかなかった。

あまりに私が泣くせいか、
やがて父は私をおろした。
私は母に手を引かれて、
玄関で靴を履いて暗い外に出ていった。

だが、父の実家を出て
すぐの横断歩道に立ち止まった時、
手を繋いだ母が言った。
「はづきごめんね。家に帰ろう」
そこは歩いて1分もしない場所だった。

家に戻って、再び布団に入った私は、
両親が遅くまで話し合っている様子を
静かに眺めていた。
もう感情的に言い争う様子はなかった。
その時に、父親が大きなオナラをしたことまで
よく覚えている。

翌朝以降、両親はいつも通りに戻った。
でもあの頃の母の辛さは
全く解決した訳ではなかった。
その詳細を私が知ったのは、
成人になってからだった。

母は本当にさまざまな苦労を抱えて
耐えて生きた人だった。

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